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南城市の佐敷城跡とフィッチャー石に行ってきた

やもりん隊員は佐敷城跡に行ってきたど~

ちょっとした用事があって知念村まで行くことになりました。

 

知念村行く途中で

佐敷小学校を過ぎるとかなり大きな鳥居がありました。

torii

好きなところから読んでくださいね

佐敷城跡(佐敷グスク)

な、な、なんだろうと思い入ってみることに、標識には佐敷城跡と書いてあるではありませんか。

この通りで大きな鳥居はかなりインパクトありました。

 

好奇心が湧いてきたので登ってみるとひっそりとした城跡に到着。

よし行ってみるかと思いきや何もない。

佐敷グスク階段

隣に看板が。

佐敷グスクは、三山を統一した尚巴志とその父尚思紹の居城跡と言われています。

1979年の発掘調査によって、青磁・白磁のお碗や皿、土器、石器、鉄釘や小銭などが出土しました。

 

また、柱の穴あとや土留めの石積みも確認されましたが、沖縄各地のグスクに見られるような石垣はまだまだ発見されていません。

南城市教育委員会より

佐敷城跡は割と最近発掘されたみたいですね。

掘ればまだ何か埋まってそうです。

 

徳川埋蔵金とか?

いやいや、骨しかないはず、、

小屋

階段を登ると小屋があり、崩落の恐れがあるので立ち入り禁止との事。

しかし、天井が補強されていたのでそのまま進むと何やら祀ってあるではありませんか。

祠

怖っ!人も誰もいないし城跡も手入れされてなく荒れていました。

もう少し城跡もあとがあって、石垣とかをイメージしていましたがほぼ神社みたいな感じでした。

 

仕方なく引き返すと景色がよく海が見えて癒やされました。

もう少し手入れして駐車場とかもきれいにすれば景色いいので人も来るだろうにと思いました。

佐敷城の景色

城跡入って3分で探検終了!

フィチャー石

仕方なく目的地に向かうと次はフィチャー石と言う看板が?

看板

なんだろうと、これまた言ってみることに、サトウキビ畑の中にあるフィッチャー石行ってみると縦長の石が突き刺さっていました。

入り口

隣に案内板が、

平坦な耕作地の中に立っているこの石は、手登根大比屋(尚巴志の弟)にまつわる伝説・伝承を今に伝えています。

そのひとつは、手登根大比屋が第一尚氏王統時代に明国から持ち帰ったという伝説です。

 

ふたつ目は、手登根大比屋が「アカバンター」(手登根集落後方にある丘陵上の地名)から投げて、現在の位置に突き立ったという言い伝えです。

 

第二次世界大戦前、このフッチャー石周辺には丘と、そばには溜め池(クムイ)があったそうです。

その溜め池は「フッチャーグムイ」と呼ばれていました。

 

南城市教育委員会より

この石の由縁はかつての琉球王国の尚巴志の弟が高台から投げて突き刺さったとか、または明国から持ち帰ったとの言い伝えだそうです。

石

後者の方が信ぴょう性がありそうです。

石2

小さな沖縄と言えどもまだまだ行ったことない所って沢山ありますね~。

たまたま通った所を寄り道して行くのが楽しいやもりんでした。

 

最後まで読んでくれてありがとう!

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